もう30年近く昔の話になるなぁ。
俺は、めっぽう強い将軍様のもとに配属されて前線に送り込まれたんだ。
おまえも知ってると思うぜ? 何を隠そうその将軍こそハーン・カニンガム将軍だ。
ハーン将軍は、灰色の軍服に白っぽい鎧をつけててな、青を基調とした兵卒の鎧の中でひときわ目立ってたんだなぁ。
それでだな、近くで見るといつも右手に黒い皮手袋をつけてたんだ。
これがまたいつもはずそうとしないんだよ。変な話だろう?
ちょうど俺が徴兵された時は、先代の皇王陛下ロベール様が同盟領に親征なさった時でな、俺が戦った戦いもその戦いだったんだよ。
当時は俺は20歳くらいかな・・・? ああそうだ、たしか22歳だった。
当時の俺にゃあ女房はおろか恋人すらいなかったからな、このまま戦場で死んじまうんだと思って悲観したものさ。
だけどハーン将軍のもとに配属されたおかげでこうして生き延びて、かかあに邪険にされてこんな場末の酒場で飲んだくれてるわけだよ、ははは。
ハーン将軍のどこがすごいかって?
バカ言うなよ、あの人ほどの剣の使い手なんてこの世にいないぜ?
それに馬術だってうまいのなんのって、もうあの人に騎馬隊を率いさせたらきっと大陸最強の騎馬隊ができたぜ!
ちょっと誇張しすぎたかな? でもそれくらいすごかったんだ。
そんなすごい人だったのに、ちっとも威張ったりしない人で、俺なんかにも優しくしてくれたんだ。
確か配属されて天山の峠に行く時だったかな、野営をしているときにあの人に稽古をつけてもらえる機会があったんだ。
もう感動したね。こんなすごい人が俺なんかに稽古をつけてくれるなんて夢みたいだ!と思って、その晩は寝られなかったよ。まだ純粋だったんだな、俺は。
それでも、燕北の峠まで俺たちの部隊が進軍していた時は、さすがのあのハーン将軍も危ないと思ったね。同盟軍の部隊はそんなに規模はでかくなかったんだ。だけどそれを率いてた奴がもう、ハーン将軍ばりに強いんだ。
黒っぽい色の鎧を着ててだな、名前は・・・なんだったっけなァ? う〜ん・・・
まぁいいや、名前はおいといてだな、とにかくその部隊長が、剣がもう雷のようにはやいんだな。
その敵の部隊長と将軍が一騎打ちをしてたんだ。もうすごかったぜ、敵の兵士も俺たちも戦うどころじゃなかったんだ、あんまりこの2人がすごくてよ。
あの2人、何百合と剣をぶつけてたな。すごい戦いだった。そんな激しい戦いだったのにあの2人、一騎打ちの最中ずっと笑ってるんだ。
もう俺たちも将軍の応援ばっかりやってたさ。敵の兵士も隊長の応援をしてた。
どっちもこんな戦いで死にたくなかったからな、勝負は将軍たちに任せたんだ。
でも、結局はお互いの剣が折れちゃってな、引き分けだった。
そしたらあの2人、大声で笑い出したんだ。
俺たちが唖然として見てるとハーン将軍が「やはり勝負はつかなかったな、ゲンカク、これで引き分けは何度目だ?」って言ったんだ。
ああ、そうだそうだ、あの敵の隊長の名前はゲンカクだ。思い出したよ。
あの2人、どうやら同じ出身の幼なじみだったらしいんだ。
それでだな、ゲンカクがこう返したんだ「そんなもんいちいち覚えてられないな、ガキの頃から一度だって勝負がついたことはないだろう」ってな。
それに対してハーン将軍はこう答えたさ
「そんなことはない、俺が3年前に一度だけ勝ったことがある」ってな。
それに対する答えはこうだった「あの時は誰かさんが作ってきた料理で腹を壊しててなぁ。それで稽古に行けなかったんだよな。そうだったよな、ハーン?」ってな。これには俺たちも笑ったさ。
もうそのあとは宴会だったな。今じゃ考えられないだろう?
あの頃は戦場も少しのんびりしてたんだ。ちょっと降りた所に小さな集落があってな、そこから酒を大量に買い込んできたんだよ。
敵の兵士だろうが、味方だろうがお構いなしに肩を組んで飲んで歌って一晩明かしたさ。
楽しかったなぁ〜。戦争なんてバカバカしい事やってられないぜ!って叫んだもんだよ。
そういえばだな、奇妙なことにゲンカクの右手にも手袋がはめられてたんだ。
まぁ、でも飲んでる間はそんなこと気にしてらんないからよ、よそ見してると酒をどんどん注がれちまうからな。
みんなが酔いつぶれてな、俺も潰れてたんだが、夜中だよ、ちょっと小便がしたくなって目が覚めたんだ。
そしたらハーン将軍とゲンカクがいないんだよな。どっかで飲んでるんだろうと思ってそのまま川の方に小便をしに行ったんだよ。
そしたらな、滝の前に突き出した岩場に2人がいるんだ。茂みからのぞいたら2人とも手袋をはずして月に向けて右手を掲げてるんだ。
何やってるんだろうと思って見てたら、2人の右手が光りだしたんだ。片方が白っぽく、もう片方が黒っぽく。
ありゃなんだったんだろうな?あれが紋章って奴なのかな?
まぁ、おまえに言ったってわかるわきゃないよな。ははは。
おっと、ちょっと長居が過ぎたかな。
またかかあに嫌味言われちまうぜ。
んじゃ、親父、また明日でもくるからよ。じゃあな。
solkanさんから頂き物第二弾!
氏らしく円熟した視線が光る作品。
磊落な内容と対をなすように
問わず語り調の文体に渋い情味が静かに旋律を奏でます。
ある晩、「今日は調子がいいから」と仰って、
夜が明けるのを待たずして完成してしまった品なのですが
・・・遅筆のleekめもあやかりたいものでございます。ホント。|ω・`)
味のある品をありがとうございました。(^^
2002/10/19
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