彩なき其に虹降りつむ
極彩色に鳥は影の内にいた。
この場にひどく不釣合いなものを目に入れた気がして、彼は足を止める。
掘り抜いた岩肌そのままの岩城の片隅に、それはやはり溶け込まず、瀟洒な銀細工の鳥かごに収まっていた。
この廊の窓から西日は射さない。午後いっぱいに回り少し弱った太陽を反射(かえ)す湖からの光で彩度が低い。だというのに、鳥だけが鮮やかに七色だった。
角度によって少しずつ色合いを変えるその羽毛を近くで見たくて、息をつめるようにして近づく。鳥は微動だにせず、止まり木に止まっている。
飾り毛を冠した頭に七色の羽毛。くちばしは短く、かぎ状だ。
故郷の洞穴でもその外でも、こんな鳥は見たことがなかった。もっとも、彼は今まで鳥になど興味を惹かれたことはなかったが。
「気に入った?」
見つめる鳥と同じほど、微動だにせず立っていた彼に声が落ちる。
振り返らずとも誰かわかったから、問いに対してただ首を振った。
目に焼きつく、極彩色。違和感を拭えない。
「そうか、フッチにもフラれたか」
「……も?」
軍主も同じだ。
武骨な、荒くれの多い軍の中で頭を張るには、優美過ぎた。
彼よりわずかに年上(のはずだ。外見はいつの間にかそう変わらなくなっているけれど)なだけのまだ子どもの線を残した顔つきは、城内のどこで行き会ってもそぐわなかった。
「俺もそいつは嫌いだ」
負の心を乗せた言葉のわりに、いやに声音がやさしい。振り返ると、表情も同じにやわらかい。また違和感を助長されて、彼は軽く眉をしかめる。
「オレは……きらいだとは言ってない」
見るに耐えなくて、そらした先で鳥が初めて首を振った。途端、波打つ虹彩(にじいろ)。
「あー…、そうだった。残念、仲間ができたと思ったのに」
あまり、残念そうでない口調でそう言うから、顔をやはり見られない。
「……普通、鳥に好き嫌いはないだろ?」
「鳥だから、ではなく、なぜここにあるのかわからぬから」
「………それは確かにそうだけど」
彼の足を止めさせたのも、まさしくそのわからなさであったから。でも。
「それくらいで?」
「君は苛立ちを覚えるものを好きになれるかい」
「じゃあ、放してやればいい」
そうだ、と彼は唐突に理解する。
鳥がここにあって、一番違和感を感じさせるのはその色ではなく。
「勝手にどこへでも飛んでいくだろ」
翼あるものが地へつながれる、その不快。
彼もこの鳥が嫌いになりそうで、吐き捨てた言葉に応えはなく、不安になってゆるゆると振り返った面(おもて)には無色の表情(いろ)。雑多な感情が混ざりすぎていた。そのくせ、
「これは飛ばない」
沈黙の末の返答は短く明確だ。
「食えないうえ、歌いもしない鳥を養う義理はないから、放逐しようと俺も思ったんだが」
「飛ばないのか」
「翼が切られているとマッシュが言うから、仕方ない。義を掲げる集団の頭としては死ぬとわかっているものを放るわけにもいかんだろ」
飛びもせず、鳴きもせず。郷里を離れ、行き場の無いもの。
「………オレみたいだな」
口にして、そのあまりに生々しく直截な自虐に後悔したが、身を離れた言葉はもはや戻りはしない。
彼は嫌悪に顔をゆがめたが、軍主も同じように初めて台詞にあった表情を見せた。驚いている。
「フッチは来たくてこの城へ来たんじゃないのか」
君が望んだからヨシュアがここへ寄越したのだと思っていたなどと、そんな珍しいひどく良心的な解釈をするものだから、嫌悪はどこかへ消し飛んだ。
客観的な己の立場を彼はふいに自覚する。
「竜を失ったら、竜洞にはいられないからだ」
「けれど、フッチ。この城でなくても行く場所はあったろ」
「それは――ヨシュア様がオレをここへ預けたから」
「そう、だっけ。……そうか、俺は君が来てくれたことが単純に嬉しかったんだな」
独白のような呟きは、彼が目を瞬かせるには充分な内容で。
「あなたでも寂しいと思うことがあるんだ」
軍主をまるで見知らぬ、ただの少年に見せた。
もらした言葉に年かさの少年は軽く苦笑う。
「俺はどこへ行っても人非人のように思われてるらしいな」
彼は返す言葉を持たない。
「フッチ」
鳥が首を振る。
虹が流れる。
「人は必要とされれば生きていける」
「そんなの」
竜を失った竜騎士がいったい誰に求められると言うのだろう。
「俺は君がいてくれると懐かしい夢を思い出せるよ」
「――そんなの」
「君には関係のない話だ。だけど…――そう。必要なものがあれば、それでだって生きていけるさ」
彼に必要なもの。
竜を失った騎士の求めるもの。
「二度と戻らないものでも?」
「欠けたままでも」
苦さの抜けた表情(いろ)のない顔は何かで――憎しみでだって――染め上げてやりたいほど不安でならない。
「満たされていた時を失いたくは、ないだろう?」
(あなたになにが)
わかりもせぬくせに、と口を開く前に、稲光のごとき唐突さで、ひらめく。
あれは、確か二年前。
初めて訪れた外界で。
「抱え込んでいけ、と」
忘れていたことに、いや、思い出したことに動揺を隠せないままに、口から負け惜しみを吐く。
軍主はやはり色のないまま頷く。
彼が失くしたもの。
軍主の失ったもの。
それらは二度と取り戻せはしないゆえに、渇望することで日々をしのげるのならば。
それならば彼にだって簡単で、いつまでも可能で。いっそ諦めの悪い諦念とでも言うべきで。
怒ればいいのか、泣けばいいのかわからない。
ああ、きっとオレもこんな顔(軍主のような)をしている――悟った瞬間、
鳥が鳴いた。
美しい銀の籠、虹色の羽毛に比して、恐ろしく不釣合いな――
竜のような声だった。
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